ヘルスプロモーション型予防歯科
神戸女学院の内田樹先生は、アメリカ社会における銃と弁護士について、「予防的対処」と「対症的対処法」についての知見を述べられている。まさにヘルスプロモーション型医療を語る上で理解しやすいので、下記に一部を引用する。
「予防的」というのは、社会的トラブルを「事前に回避する」ためのふるまい方の習得にリソースを優先的に集中させる考え方である。「対症的」というのは、トラブルが「起きた後」に理非をあきらかにする信賞必罰制度の運用を優先的に配慮する立場である。
誰が考えても分かるけれども「予防的」なシステムの整備と運用に要するコストは、「対症的」なシステムの整備と運用にかかるコストよりもはるかにわずかで済む。
例えば、暗い道を歩いて「ワルモノ」にホールドアップされるということがある。
この場合、迅速かつ効率的にワルモノを逮捕し、拘禁し、裁判を行い、刑を執行し、社会復帰させるまでに要する社会的コストと、「こんな暗い道を歩くと、ワルモノにホールドアップされる可能性があるから、遠回りだけど安全な道を通ってかえろ」とそろって判断できるようなリスク回避の方法を市民に学ばせるために要する教育コスト(プラス「遠回りする」ために費消する、ご本人の時間と体力のロス)を比較すると、誰が考えても、圧倒的に後者の方が安上がりである。
我々の歯科医療に言い換えると、疾病が引き起こす社会的トラブルとは、国民ひとりひとりに要する治療における社会的資源の損失があげられる。
医療費の増大(今後、予想される)、医療費の効果的配分(必要な時に、必要な量)が我々医療者にも患者にもなされていない。患者個人においても、治療による心理的、経済的負担、時間的負担による労働時間、余暇などの社会活動の損失、歯科的健康を害することによる全身の健康への悪影響等、患者ひとりひとりの問題もよくよく考えると社会的な資源の損失になっている。
ヘルスプロモーション型予防歯科と従来の予防歯科との相違点は、まさにこの点である。
医療の視座を、生物学的に主眼をおいた「病気」「疾病対策」にフォーカスするのではなく、次数をあげた社会的な利益も含めた視座を持つ点である。
臨床家は、住民に「自らの健康問題を認識し、リスクを回避できる能力」を学んでもらえるように、診療所をヘルシーセッティング(住民の受け皿機能)し、健康教育に重点をおき、住民のエンパワーメントを引き出すのである。
簡単に表現すると「健康な人」も気軽に来院し、専門家の助言や支援を求める。それが、ヘルスプロモーション型予防歯科のゴールである。
そのことは、人々が歯科的健康のもたらす恩恵や価値に気づいており、安寧(Well-Being)な生活を目指しているからである。
楽観的な推測かもしれないが、WHOの推測どおり、今後ますます予防にシフトする時代が訪れるようになると、歯科衛生士が予防の担い手となり、歯科医はハイリスクな住民に医療資源を効果的に配分することになると予想される。そのことは現在より医療の質を高めることが出来、我々が提供する医療サービスも「適正」な報酬に還元されるかもしれないということである。
備考:これは、季刊「歯科医療」(第一歯科出版)に投稿したものを加筆修正したものです。