文元歯科医院

なぜ健康な人が来るのか?

患者さんのQOLを共有でき、歯科衛生士として多くの気付きを得たケース

初診: H15.9.18
来院者: 初診時 78歳女性
主訴: 左上の冠が脱離
第一印象: 不安に感じていてコミュニケーションがとりづらく、こちらの質問にも応答が鈍く、思考力の退化傾向があるのではないかと感じた。

初診と完治後

初診時医療面接から(インタビュー要点まとめ)

左上4の冠が脱離をして来院されました。2ヶ月前にも左上6が脱離しましたが、放置しておられました。今回の来院理由は、部分床義歯の鉤歯だったため、義歯の安定が悪くなり食事に支障をきたしたからです。

口腔内の診査結果をうけて、保存不可能な点を説明したところ、患者さんは高血圧症なので抜歯に対して恐怖感があるとわかりました。とても不安なご様子でしたので義歯の調整のあと、「次回に詳しくお話しを伺って、一緒に治療方針を立てていきましょう」と提案し、院内オリエンテーションと口腔内精密検査の予約をとって終了しました。

院内オリエンテーションのインタビュー

日時: H15.10.2
場所: カウンセリングコーナー
担当: 歯科衛生士

■ 来院理由と現在の困りごとについて

  • 2ヶ月前に左上のかぶせ物がとれ、今回は違う歯もとれたため入れ歯が合わなくなったから来院した。
  • かぶせ治してもらうだけでいいと思っていたところ、食事がしずらくなってきた。
  • できれば、残根の歯は抜きたくない。

■ 過去の困りごと

  • 5年前に転倒して上下の前歯が割れて抜歯した経験がある。とてもショックだった。
  • その時に下の歯が取り外しの入れ歯になり、金具が見えて見栄えが悪くなり、お口を隠すようになった。

(この話をきっかけにして、堰を切ったようにお話されるようになる。同時に緊張感がほぐれ、表情もやわらかくなる。)

■ 将来どうなっているか、またどうなりたいのか

  • 食事の不自由がなく今のままでいけたら十分だけど、できることならきれいな歯になって、大きく口を開けて笑いたい。
  • そのために銀歯を白い歯に作りかえて欲しいし、少々費用がかかってもよい治療を望んでいる。

■ 保健行動やライフスタイル

  • この先あまり変わらないと思う。
  • 前の医院で教わった健康法や食後の歯ブラシと歯間ブラシをしている。
  • 糖尿病も気になるため、甘い物もひかえている。

ここから、「友人は総入れ歯の方も多く、それに比べれば自分は歯が多い方だと認識していることや、ほとんどの歯が生活するうえで支障がないと感じている」という主観的な健康観がわかってきました。一方で、

  • セルフケアーを継続すると現在の状態を維持できるという考え
  • 歯科医院は治療をする場所だと認識しているプロケアーについての理解やう蝕、歯周病の知識

などが不足している点が、浮き彫りになりました。

■ 今後、治療を進めて行く上での期待やその他

  • 歯を抜くのは心配だが、内科の先生に相談したうえで抜いてほしい。
  • 悪い所はすべて治療してほしい。

積極的に治療に取り組みたい意思が伝わってきて、最後に、「こんなに丁寧に説明をしてくれる歯医者は初めてでビックリしたし、すごくうれしいです」と感想を述べていただいてインタビューが終了しました。

■ インタビュー内容の整理

QOL(ニーズ)
きれいな歯になって大きく口を開けて笑いたい
死ぬまできれいな歯でいたい
健康観、価値観
自分自身の健康状態は生活上大した問題はないのでいい状態だと思っている
治療費が少々かかってもきれいな歯を入れたいと思っている
歯科医院は治療するところで、ケアーするところではないと思っていた
保健行動
毎食後ブラッシングと歯間ブラシ、甘味制限
その他
高血圧なので治療が心配で不安

日頃のセルフケアーに問題がなく、生活するうえで支障をきたしていないことから自分自身の健康状態を悪くないと自覚していらしたらしく、今まで来院しなかったようです。

そして過去の入れ歯になった体験を歯科衛生士が受容したことで、その当時の抑えていた思いや感情が沸きあがりました。入れ歯をした時は不満足であったが、わざわざやり治すまでもないとあきらめていた感情から、せっかく治療するのなら綺麗な歯になって残された老後をおくりたい気持ちへと変化しました。

健康状態
殆どの修復歯が2次う蝕になっており、全顎的に歯肉に炎症があり、歯周病が進行している部位も数箇所ある状態。
治療方針
院内オリエンテーションから「治療の恐怖心を和らげるケア」と、「正しい予防知識やセルフケアー技術の健康教育が必要」と考え、歯科衛生士が担当となり歯周初期治療から始め、その後2次予防処置、3次予防処置をおこなう計画を立案。

衛生士ワーク(DH吉田)

治療に対する恐怖心があるので、歯石除去、ルートプレーニングは暫間補綴物装着後に実施するようにして、まず保健指導を中心に始めました。

  1. 歯周病やう蝕の予防法についての健康教育とTBI(トゥース・ブラッシング・インストラクション。主に歯科衛生士がおこなう正しいブラッシング(歯磨き)指導のこと)の技術支援
  2. その結果、セルフケアーとプロケアーの重要性を理解され、ブラッシングや歯間清掃も習慣化された
  3. 患者さんにあわせた技術指導をおこなうと、プラークコントロールも容易に改善できる
  4. 毎回の来院時にPTC(プロフェッショナル・トゥース・クリーニング。歯ブラシ、デンタルフロスなどで、歯の表面にこびりついた汚れや色素を落とす歯と歯ぐきのクリーニングのこと)をおこない、その時の世間話から患者さんの社会的な背景を知るように心がける
  5. また高齢でもあることから、歯科医師の治療が長引くとかなり疲れたご様子だったので、フォローアップを心がけるようにつとめる

■ . 定期健診オリエンテーションから

時間: H16年4月
場所: カウンセリングコーナー
担当者: 歯科衛生士 吉田

治療後の感想

  • 治療中はしんどい時もあったが綺麗になってすごくうれしい
  • 以前は鏡を見るのがいやだったが、歯が綺麗になってから鏡をみるのも好きになった
  • 頬に張りがでて目薬を入れるのが失敗せず一回でできるようになり、おどろいた

患者さんは歯の治療中の時期に、眼科に受診されたそうです。その時の話を笑顔で嬉しそうにお話していただきました。眼科の先生から次のように励まされたそうです。

「歯はしっかりと治しなさい。歯は目より大事ですよ。体の抵抗力は食べ物をしっかりと食べる事からはじまるので、抵抗力をつけないと目も治るのも治らないよ」

その後の経過

  • 歯の治療をがんばれたことやきれいになった歯を褒めていただいてうれしかったご様子から、初診時に受けたお姿とは違い、活発で元気な印象を受けました
  • 今後もきれいな状態を維持したいので、セルフケアーの継続と月に1回のプロケアーを受けるために来院され、現在も継続されています。

初診と完治後

担当歯科衛生士が感じたこと(吉田 弥代)

"健康になること"が目的ではなく、"健康になってどんないいことがあるのか"を患者さんと共有する大切さを実感しました。健康を目的とした支援だけではなく、健康になると生活とQOLにどんな変化があるのか?を学べました。

当初、院内オリエンテーションから

  • 「きれいな歯になりたい」
  • 「白い歯になりたい」
  • 「もっと噛めるようになりたい」

といった思いがひしひと感じられました。それに対して、どうすれば不安をとりのぞきながら、歯がきれいになるかを考えるとてもいい機会を与えていただき、勉強にもなりました。

治療期間が長かったため、かなり疲れていた時期もありましたが、「綺麗になりたいから頑張るわ」という思いを、この方と私が共有できたことが、つらい時期を乗り越える原動力になったと思います。

毎回の来院時のコミュニケーションから生活のご様子が徐々にわかってきました。一人で大きなお家で生活されていて周りに友達があまりおられないことや、それほど外出されないため、私に会ってお話しをするのが楽しみの一つなのだとお聞きできました。

今後の定期健診では、もっともっとお聞きして、この方がずっと健康で素敵な笑顔であってほしいと 願っています。現在、1ヶ月に1回の割合で来院しておられますが、毎回、次の予約を決めながら「また来月、吉田さんに会いに来るわ」といって帰られるのが、何よりの褒め言葉だと感じて励みになっています。

歯科衛生士は、患者さんのすべてを受け止められないかもしれませんが、患者さんのQOL(ニーズ)を共有し、共感はできるはずです。その共有と共感から歯科衛生士の専門性が存分に発揮され、患者さんとの深いかかわりあいを経験でき、仕事に充実感をもてるのだと気づかせていただいたケースでした。